2004年7月10日
─ナブルス通信2004.7.18号による─
「ハーグには判事たちがいる」
7月9日、オランダのハーグ国際司法裁判所(ICJ)は、イスラエルがパレスチナ人の土地を奪って建設している隔離壁(イスラエル政府が「分離フェンス」と呼ぶもの)が国際法に違反するという勧告的意見を出した。このことをイスラエル内にあって「壁」反対の運動を行ってきたユダヤ人のひとり、ウリ・アブネリはどのように見たのか。「壁」とシオニズムとの共通性も含めて、勧告の翌日に発表された文章を。[ナブルス通信]
ハーグには判事たちがいる
ウリ・アブネリ
2004年7月10日
There are judges in The Hague
Uri Avnery
10 July 2004
イスラエルのハアレツ紙が1面で、二つの出来事を報じている。一つは、近代シオニズム運動の創始者テオドール・ヘルツル没後100年記念であり、もう一つは、国際司法裁判所がイスラエルの分離壁に対し違法判決を下したことである。
この二つの出来事が同時に報じられたことは偶然の一致のように見えるかもしれない。歴史的な記念日と最新の時事問題のあいだに、いったいいかなる関係がありうるというのか?
だが、関係はあるのだ。シオニズムの礎石となった『ユダヤ人国家』で、ヘルツルが書いた次の文章にそのことは表れている。
「そこ(パレスチナ)において我々は、アジアに対峙するヨーロッパの壁となるのだ、野蛮に対峙する文明の前哨基地として奉仕するのだ。」
この文章が今日、書かれたとしてもなんら不思議ではない。アメリカ人の思想家たちは、西洋の「ユダヤ・キリスト教」文化が「イスラームの野蛮」と戦うという「文明の衝突」論を提起している。また、アメリカの指導者たちは、イスラエルこそアラブ・ムスリムの「国際テロ」との戦いにおける西洋文明の前哨基地であると宣言している。シャロン内閣は、パレスチナ・アラブ人のテロからイスラエルを守るために壁を建設しているのだという。シャロン内閣はあらゆる機会を利用して、「パレスチナのテロ」との戦いは、「国際テロ」との闘いの一部なのだと言い募っている。アメリカ人たちは、このイスラエルの壁を、全身全霊そして全懐(ふところ)をもって支えているのだ。
「分離壁」という、いまや半ば公式名称となったこの名前もこのことを強調するものだ。それが意図しているのは、民族を、文明を、「分ける」こと、そしてまさに、文明(=我々)を野蛮(=やつら)から分けること、なのである。
壁を建設すること、そこには、たぶんに無意識の、深遠なイデオロギー的理由がある。表面的には、目下、現実に存在する危険に対する実際的な反応のように見える。普通のイスラエル人ならこう言うだろう。「気は確かか。いったいきみは何を言ってるんだ。ヘルツルと何の関係があるというんだ。100年も前に死んでるのに!」だが、そこには、直接的な関係が存在するのである。
このことは、壁のまた別の側面に関しても言える。ヘルツルの時代に造られ、シオニズム運動の初期に、その運動のスローガンとなったフレーズがある。「民なき土地を、土地なき民に」。つまり、パレスチナはからっぽな国だ、というものだ。
壁の建設予定進路を実際に辿ったことのある者なら誰しも、次のような事実を目の当たりにして衝撃を受けるだろう。すなわち、この壁の建設が、そこに現に生きているパレスチナ人という人間たちの生に対して、ひとかけらの配慮もなく決定されているという事実だ。人間が蟻を踏みつけるように、壁は彼らを粉砕する。農民は耕作地から切り離される。労働者は職場から、生徒は学校から、病人は病院から、遺族は愛する者の墓から切り離されるのである。
役人や入植者たちが地図の上に屈みこみ、壁の道筋を計画したのであろうことは容易に想像がつく。あたかも、そこには入植地と軍の基地と道路のほかは何も存在しない空っぽの空間であるかのように。彼らは地形や、戦術上、何に配慮しなければならないか、そして戦略的目的について議論する。
パレスチナ人だって? どのパレスチナ人だ?
先週、言い渡されたイスラエル最高裁の判決も、主にその点を問題にしていた *1。壁が必要なのだという将軍たちの主張に対して、それは異議を唱えてはいない。将軍がそう言うなら、法廷は姿勢を正して敬礼するのだ。最高裁はまた、イスラエルと、1967年にイスラエルが占領した領土のあいだの境界として国際的に認知されたグリーン・ライン上に、壁が建設されるべきである、とも言いはしなかった。グリーン・ライン上に建設するほうが、距離も短くてすみ、守るのもよりたやすくもあるのに。だが、最高裁は、壁が建設される土地には、パレスチナ人が存在するという事実を認め、彼らが人間として生きる上での必要が、考慮されなければならないとしたのである。
判決が出てからこの1週間、軍が、壁の進路をいくらか変更しようとしていることが分かったが、その基本構想が変わったわけではない。「改正された」進路も、以前のものに較べればましというだけで、飛び地に住むパレスチナ人住民を生み出し、彼らの移動の自由を制限することになる。農民たちの中には、切り離された自分たちの土地と再びつながる者もいるという、それだけのことだ。
そして今、国際司法裁判所が、壁に対する反対をこれまで行動で示してきたイスラエルの平和勢力が支持する原則にきわめて近い諸原則を発表した。それによれば、グリーン・ラインに沿ったものでないかぎり、壁それ自体が違法であり、占領地内部に建設されるものすべてが、国際法ならびに、イスラエルが署名している協定や条約に違反しているということだ。
司法裁判所は、占領地内に建設される壁は撤去されねばならず、壁建設以前の状態を回復し、パレスチナ人が被った損害を補償しなければならないとしている。そして、世界中の国々に対して、壁の建設にいかなる援助も与えないよう要請している
*2。
これは、イスラエルの世論に何らかの影響を与えるだろうか。残念ながら与えないと私は思う。ここ数ヶ月というもの、政府のプロパガンダ機械が、この日のために公衆に対する準備をしてきたからだ。それによれば、国際司法裁判所の判事たちは反ユダヤ主義であり、アメリカ合州国以外の国はすべてユダヤ人国家の殲滅を望んでいるのだということは周知の事実であるという。何年か前に、こんな愉快な歌が流行ったことがある。「世界はみんな、ぼくらの敵。だけど、ぼくらは気にしない…だから、みんな地獄に落ちてしまえ!」
国際司法裁判所の判決は、国際世論に影響を与えるだろうか。同裁判所の「勧告」は拘束力がなく、また、同裁判所にはその判決を強制するための軍隊も警察もないが、しかし、にもかかわらず、おそらく影響を与えるだろう。この件を安保理に持っていっても無意味だ。アメリカの拒否権によって自動的に撃墜されてしまうのだから。それはいつでもそうなのだが、とりわけ大統領選前夜はそうだ。アメリカの行政当局は、親イスラエルであるユダヤ・ロビーと福音主義者のロビーの両方を攻撃するようなことはしたがらないからだ。合州国は国際司法裁判所を無視して、壁に対する財政援助を続けるだろう。
だが、拒否権に関係ない国連総会においてなら、壁の本性に脚光を当てる広範な議論がなされるだろう。シャロン内閣のプロパガンダ機械は、世界の大半のメディアの支援を受けて、壁は、イスラエル国内での自爆攻撃を阻止するために必要な手段なのだというイメージを生産してきた。国連総会における議論は、この怪物の本当の狙いを公にしてくれるだろう。
判決の前日、私は、アッ・ラムの大きなテントの中にいた。アッ・ラムは、エルサレムの北にある、壁の犠牲になる主たる街の一つである。壁に反対するパレスチナ人とイスラエル人たちがそこでハンガーストライキを行っていた。国じゅうから巡礼者のように人々が続々と訪れていた。
テントの中で、ある映画のワールド・プレミア上映が行われた。北アフリカ出身でパリ在住のイスラエル人シモーヌ・ビットン監督は、壁をありのままに描いていた
*3。
映画の中では、パレスチナ人たちが、壁が彼らに何をしたかを語る。ユダヤ人のキブツのメンバーは、壁をイスラエルの災いと呼ぶ。我々自身の手で作りだした災いと。防衛省局長、アモス・ヤアロン将軍(彼は、サブラー・シャティーラ事件への関与で、カハーン調査委員会によって軍司令官を解任されている)は、パレスチナ人は自業自得なのだと説明する。彼らが占領に抵抗するのを止めさえすれば、壁を建設する必要などないのだからと。
だが、映画の中でもっとも感動的な場面は、純粋に視覚的で、言葉を伴わないある場面である。緑の畑とオリーヴの林が地平線まで広がり、ミナレットの立つ村々が点在する。クレーンがコンクリートの塊を壁の上に積み上げる。すると、今まで見えていた風景の一部が見えなくなる。また塊が持ち上げられると、風景はさらに見えなくなる。3つ目の塊がとうとう風景全体を遮ってしまう。それを見て観客は理解する。今、まさに自分の目の前で、また一つの村が、その命から永遠に切り離されたのだということを。8メートルもの高さの巨大な壁に、村の四方を取り囲まれてしまうことで。
けれども同時に、ある思いが私の脳裡に浮かんだ。結局のところ、ブロックを積み上げているこのまさに同じクレーンが、それを取り除くことになるのではないか。ドイツで起きたように。それは、ここでも起こるのではないか。15カ国からやってきた、ハーグの判事たちの判決は、そのことに寄与したのだ
*4。
おそらく歴史の皮肉なのだろう。ヨーロッパ文明を代表する判事たちが要求しているのが壁の撤去だということは。ヘルツルがこれを見たなら、当惑を隠せなかっただろう。
翻訳:岡真理
※筆者ウリ・アブネリ(Uri Avnery) はドイツ生まれ。ジャーナリスト。1948年の戦争に参加し、1950~1990年までイスラエルの国会議員をつとめた。イスラエルによる占領の停止とパレスチナの独立国家創設を目指す団体「グッシュ・シャローム」の設立(92年)に大きく寄与した。
[編集者註]
*1 6月30日、イスラエル最高裁は隔離壁(イスラエルの言う「分離フェンス」)のルートがパレスチナ人の生活を脅かすものだとして、ルートの変更を言い渡した。「壁」に関する申し立てで、このような裁決が下されたのは初めて。このことは大きく報道されたが、変更を言い渡されたのは全長700kmのうちのわずか30km区間のみ。
*2 中東調査会による「分離壁に関するICJの勧告的意見についての各国反応」にはパレスチナ、イスラエルの反応と勧告の概要などがまとめられている(pdf書類でダウンロード、44k)。
http://www.meij.or.jp/members/kawaraban(all)/2004-07/20040714icj-hp.PDF
*3 シモーヌ・ビットンは、1955年モロッコ生まれの、彼女自身の言葉を借りるならjuive
arabe(アラブ系ユダヤ人)で、66年、11歳のときに家族でイスラエルに移住し、76年、映画を学ぶためにフランスに渡った。その後、モロッコ、パレスチナ、エジプトなど、中東地中海世界の歴史と文化をテーマに、いくつものドキュメンタリー作品を撮っている。とくにパレスチナ関連では、『パレスチナ、ある大地の物語』、詩人のマフムード・ダルウィーシュをテーマにした『マフムード・ダルウィーシュ そして大地、言語のような…(Mahmoud
Darwich et la terre, comme la langue...)』、アラブ系のイスラエル国会議員アズミー・ビシャーラをテーマにした『市民ビシャーラ』、また、自爆攻撃をテーマにした作品など20以上の作品を製作。目下、「マルチニックにフランス人として生まれ、アルジェリア人として没した」フランツ・ファノンをテーマにした映画を製作中とのこと。
『壁 Mur』は、今年のカンヌ映画祭でも上映され、マルセイユドキュメンタリー映画祭での金賞など数々の賞を受賞した。現在、西エルサレムで行われているエルサレム国際映画祭にも参加中。また、パレスチナでは本物の「壁」をスクリーンにして上映するなどということも行われている。一切のナレーションが入らないこの映画は、淡々と「壁」の周辺で生きる人々を追っているが、監督自身は「壁は私自身でもある」と語っている。
『私はアラブ系ユダヤ人』(Je suis une juive arabe)と題して、ビットン監督が自分自身とパレスチナ問題について語った短い文章が以下に。「彼女自身の姿勢がよく分かると同時に、胸がつまるような文章」(フランス語)
http://www.culture-et-foi.com/critique/simone_bitton.htm
*4 正確に書くと、「米国を除いた14カ国の判事」。
原文:
http://www.gush-shalom.org/archives/article311.html
「グッシュ・シャローム」
(アッ・ラムでのハンスト・テントの写真などが現在はトップに来ている)
http://www.gush-shalom.org/english/index.html
◇隔離壁に対するICJ勧告後に書かれた文章
今、勧告を受けての文章が続々と発表されています。が、こちらではほとんど訳して紹介できないかもしれません。興味のある方は以下に一例を。
From the Hague to Mas'ha / Tanya Reinhart [占領に反対するイスラエル人のターニャ・ラインハルトによるマスハー村のことを中心にした短文]
http://electronicIntifada.net/v2/article2915.shtml
Before and After the Wall in Jayyous /
Sharif Omar writing from Jayyous, Occupied Palestine[壁で農地と切り離されたジャユース村の農民シャリフ・オマールによる「壁」後の村。印象深い写真も]
http://electronicIntifada.net/v2/article2922.shtml
The Peaceful Fall of Israel's Wall / Ayed Morrar[壁建設に抗うブドゥルス村のアィエッド・モラールによる村の闘いを綴った文章]
http://electronicIntifada.net/v2/article2921.shtml
About A Wall / Glenn Bowman[英国の研究者による、隔離壁と国境を定めない国家・イスラエルの思想的関連を描いた論文(長文)]
http://electronicIntifada.net/v2/article2872.shtml
(編集責任:ナブルス通信)
◇P-navi
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