オルガ・アピール

──真実と和解のために、平等とパートナーシップのために
イスラエルの中からの声
The Olga Appeal
オルタナティブ・インフォメイション・センター〔AIC〕編

2004年7月25日


 アラファト議長の死後、すぐさまブッシュとブレアは会談のなかで「民主的な」パレスチナ国家の創設について語り合いました。
 アラファトが遺したオスロ合意は、入植地の数が倍増し、土地は壁で囲われ、パレスチナはさらにこまぎれの断片になるという結果しかもたらさなかったと言えます。そして、それはまた、占領地(ヨルダン川西岸地区、ガザ地区)のパレスチナ人と、イスラエル国家の内側のパレスチナ人たち、離散の地のパレスチナ人たちを分け隔ててしまいました。
 オスロ合意が首尾良く「進展」していたとしても、本当に和平への道筋ができたのだろうかということも、問われないままにアラファト後の話が進められそうになっています。
 

 オスロ合意が最初から切り捨てていた、最も根本的な問題をイスラエルの中から問いかけ、アピールとしてまとめたものが以下に伝える「オルガ・アピール」です。今、イスラエルとパレスチナの今後を考えていくために、このアピールの言葉を振り返る必要があると感じています。

「オスロ合意から10年、我々は愚かなる植民地支配の現実を生きている──これこそが問題の核心だ。」
「オルガ」はイスラエルの街の名前で、このアピールは6月に公開されました。[ナブルス通信]

 

 

 

オルガ・アピール
──真実と和解のために、平等とパートナーシップのために


オルタナティブ・インフォメイション・センター〔AIC〕
2004年7月25日(日)

 ここ3週間に渡って、「オルガ・アピール」と呼ばれる1つの新しいイニシアチブをめぐって、イスラエル人の左翼活動家たちと学者たちの間で(主としてヘブライ語によって)興味深い政治的な意見交換が行われた。この「オルガ・アピール」には、AICの理事会メンバーのミシェル・ワルシャウスキーが参加している。
 以下は;

  1. ヘブライ語から翻訳された「オルガ・アピール」の全文
  2. 賛同者リスト
  3. 6人の「オルガ・アピール」の呼びかけ人たちから、イスラエルの、占領地の、そして離散の地のパレスチナ人の友人たちへの手紙である。
    *[ここでは3→1→2の順番に変更して掲載]

 

(3)「オルガ・アピール」の呼びかけ人たちから、イスラエルと占領地、そして離散の地にあるパレスチナ人の友人たちへの手紙

 友人の皆さんへ

 数週間前に私たちは、「真実と和解のために、平等とパートナーシップのために」というタイトルでユダヤ人=イスラエル人の世論に向けたアピールを公開しました。このアピールは、イスラエルにおける政治的な論説に変化をあたえ、この紛争の歴史的な側面を補足するとともに、将来において真の和解を達成するために必要な、政治・イデオロギー・文化といった面での構造的な変化について提起することを目的としたものです。
 

 この私たちの最初の呼びかけを、あえて意図的に、イスラエル・ユダヤ人からイスラエル・ユダヤ人への呼びかけとしたいと考えました。このような「同族主義的なアプローチ」は、これが最初で、そして最後のものとなるでしょう。なぜならば私たちの考え方は、同族意識の拒否に根ざしており、そして「この地の全ての子ら」──住民たち、同様に不在者たち──の真のパートナーシップの促進を目指しているからです。私たちはユダヤ人=イスラエル人の内部的な議論が最初の重要なステップだと思っており、そしてパレスチナ人たちの参加と貢献が、さらに次のステップとなり得ることを願っています。
 

 〔公開からの〕10日間で私たちのアピールは、予想を超えて100人以上のイスラエル・ユダヤ人からの賛同を得ました。そして何十人もの賛同者たちの間で、帰還の権利や歴史的な責任、2つの民族のための1つの国家等々についての活発な議論が開始されています。
 

 論評と批評のために、アピールの文章をお送りします。もちろん私たちは、皆さん──パレスチナ人の兄弟姉妹たち、イスラエルの市民権を持つ人であれ1967年の占領地に住む人、あるいは離散の地にあるパレスチナ人たちであっても──と、いつでも私たちのアピールの諸原則についての議論をぜひとも交わしたいと思っています。

 連帯にむけて
 アナット・ビレツキ〔Anat Biletzki〕
 アンドレ・ドラツニン〔Andre Draznin〕
 ハイム・ハネグビ〔Haim Hanegbi〕
 イェフディト・ハレル〔Yehudith Harel〕
 オレン・メディクス〔Oren Medicks〕
 ミシェル・(ミカド・)ワルシャウスキー〔Michael (Mikado) Warschawski〕
 (私たちへの連絡は、Yehudith Harel[ye_harel@netvision.net.il]まで)



(1)「オルガ・アピール」全文

 イスラエル国家はユダヤ人たちの安全保障を実現することになっていた。ところがこの国家は、死の落とし穴を作り上げてしまい、住民たちは絶え間ない危険にさらされながら生きている。このような状況は、他のいかなるユダヤ人社会においても経験されたことはない。
 

 イスラエル国家はゲットーの壁を突き崩すことになっていた。ところがこの国家は、ユダヤ人の歴史において最初で最大のゲットーを今まさに建設しつつある。
 

 イスラエル国家は民主主義を実現することになっていた。ところがこの国家は、見誤ることができないほど明確なアパルトヘイト的諸要素と暴力的な軍事占領の意図的な継続とを結合した、1つの植民地支配構造を打ち立ててしまった。
 

 2004年の今イスラエルは、どこに行き着くかも分からない道の途上の国家となった。建国から56年──農業や科学技術の分野での多くの成果にもかかわらず、最後の審判の日のための武器で武装した、この地域における軍事大国であるにもかかわらず──その市民の多くは、存在自体に関わる悩みと自らの将来への不安を抱えて意気消沈している。
 

 イスラエルは、その建国以来ずっと剣に頼って生き延びてきた。「報復」の絶え間ない継続、そして繰り返される軍事作戦と戦争が、イスラエルのユダヤ人たちの生命維持のためのドラッグとなってしまったのだ。そして今、パレスチナ人たちの第2のインティファーダ開始からほぼ4年が経過し、イスラエルは占領と抑圧のぬかるみに首まで浸かりながら、それでもなお自らに対して「我々は和平交渉をしたいのに、適切な相手がいないのだ」などと、うんざりするほど繰り返しながら、入植地を拡大し、仮設入植地も倍加させ続けている。
 

 オスロ合意から10年、我々は愚かなる植民地支配の現実を生きている──これこそが問題の核心だ。ヨルダン川西岸地区とガザ回廊に残っていたパレスチナ人たちの領土をイスラエルが征服してから37年間、そのイスラエル支配下で350万人以上のパレスチナ人たちが自らの町や村に閉じ込められている。「パレスチナ国家」という言葉は──長年、和平のための具体的な選択肢を意味していたのだが──今や多くのイスラエルの政治家たちによって、占領の現実を見えなくさせる蜃気楼のごときフレーズとして使われている。つまり、こうした政治家たちは、抜け目なく目配せしながら囁く──「将来においては、パレスチナ人たちの領土における彼らの存在は『国家』と呼ばれることになるでしょう」と。そして同時にイスラエルは、西岸地区とガザ回廊の惨状をさらにひどいものにしている。まるでパレスチナ人たちを粉々の灰にしてしまおうと決意しているかのようだ。
 

 分離壁の建設がイスラエル人たちの大きな支持を集めているが、しかしその支持者たちは──右翼であれ左翼であれ──毎週、何人のユダヤ人とアラブ人が生まれ、死んでいるのか、そして毎月、何人のユダヤ人とアラブ人が国全体に、またそれぞれの居住地域に暮らしているのかを知ろうとして常に住民の数を数えながら、人口統計という悪霊に怯えている。それゆえ、以下のような原則に基づいてオルタナティブな展望を提出することが極めて重要なのだ。
 

 すなわち、この国に住む複数の民族が、相互承認と対等なパートナーシップを、そして歴史的な見地からの正義の履行を基盤として共存すること、である。
 

 我々は、シオニズム──この国における先住民族の存在を認めることを拒否し、その人々の諸権利を否定し、土地を強奪し、さらには分離政策を自らの基本原則と生活様式として受け入れることに基盤を置いている──に対する批判において一致している。イスラエルは、踏んだり蹴ったりの仕打ちをした上でなお、半世紀以上前にパレスチナ人の多数をその故郷から追放したことに始まり、今日において西岸地区の町や村に残っているパレスチナ人たちの周囲でのゲットーの壁建設に至るまでの、数々の行為について一切の責任を負うことを頑なに拒否している。ユダヤ人とアラブ人が並んで立つ、あるいは顔をあわせる場所ではどこであれ、両者の間に境界線が引かれて、祝福された者たちと呪われた者たちとが区別し分離されるのだ。
 

 我々は、この国が、個人レベルでも共同体レベルでも差別なく、また市民権や国籍、宗教、文化、民族あるいはジェンダーの如何を問うことなく、この地の全ての息子たちと娘たち──市民と住民たち、現住民と不在者たち(1948年に根こそぎにされた、イスラエルのパレスチナ人市民たち)【訳注1】──のものであることを承認する。それゆえ我々は、イスラエルのユダヤ人とアラブ市民たちを差別する全ての法律、規則、および措置の即時廃棄を、またこれらの法律、規則および措置に基づく社会制度、組織、そして権限の一切の解消を、要求する。
 

 我々は、平和と和解の達成のためには、先住民族であるパレスチナ人たちに対して行ってきた不正義についての責任をイスラエルが承認することが、そして彼らに補償を行う意思を示すことが条件であるとの認識で一致している。〔パレスチナ難民たちの〕帰還の権利の承認も、この我々の原則から導かれる。何世代にも渡るパレスチナ難民に対して加えられてきた不正義に補償を行うことは、パレスチナ人たちとの和解のためにも、また同時に我々イスラエルのユダヤ人自らの精神的な癒しのためにも必須の条件なのだ。これを通してのみ我々は、過去の悪霊と呪いに悩まされることがなくなり、〔2つの民族の〕共通の故郷で自らくつろぐこととなる。
 

 これまでずっとイスラエルの指導者たちは、パレスチナ人たちを人間以下の存在として描写するために働き続けてきた。さらに彼らのこうした努力は、左派であれ右派であれ文化的なエリートたち、メディア界の大物たち、空疎な役人たち、そして軽薄な文人たちによって支持され支援され続けてきた。我々は、この人種差別に基づく傲慢さを、強い嫌悪感とともに拒否する。パレスチナ人たちは、他の全ての人々と同様に悪魔でもなければ天使でもなく、我々と全く同じ、平等に創造された人間なのだ。
 

 我々は、もしも我々の側から偏見のない心と自発性をもってパレスチナ人たちとの和平と和解に向けて働きかけてゆくならば、パレスチナ人たちの側にも我々が携えてゆこうとするのと同じもの、つまり偏見のない心と自発性を見いだすことが必ずできるのだと確信している。なぜならば我々は、「井戸に毒を投げ込んだ者たち」【訳注2】が公言しているような永遠の敵同士なのではなく、兄弟姉妹だからだ。
 

 現段階においては、共存という展望から将来どのような実体が形作られるかを推測することは無意味である。つまり、2つの国家か、あるいは1つの国家か? 連合国家か、あるいは連邦国家か? さらに、連邦州制度はどうか等々──どのようなケースであれ、共存という展望に向けて前進してゆくための第1条件は、最高度の道義的な規範という意味でも、また極めて緊急な現実的な事がらという意味でも、自明である。つまり占領状態の即時停止だ。
 

 これによってのみ、東エルサレムと西岸地区、そしてガザ回廊のパレスチナ人たちは、37年間に渡って昼となく夜となく絶えずイスラエルが強い続けてきた入植地のくびきから、アパルトヘイトの悪夢から、屈辱の重荷から、そして破壊の悪霊から脱することができるだろう。完全に自由になったときに初めてパレスチナ人たちは、その自らの未来について議論し決定することが可能となるだろう。
 

 我々は、以上に述べてきたような諸原則を受け入れることが、この国の人々が共存するための適切な共通の枠組みを打ち立てるための基盤となるであろうと確信している。我々は、自らの生き地獄から天国のような楽園へと我々を導くかのごときファンタジーや奇跡的な手段について語っているのでは、ない。
 

 我々は、これまで試みられることのなかった道について語っているのだ。つまり、自らに対して、そして隣人たち、とりわけパレスチナの人々に対して誠実になること、である。我々の敵とされてきたパレスチナ人たちは、我々の兄弟姉妹なのだ。もしも我々が自らの内側に、しかるべき誠実さと必要な勇気とを奮い起こすことができるならば、拒否と抑圧、現実の歪曲、方向性の喪失、良心の放棄といった、何世代にも渡ってイスラエルの人々が閉じこめられてきた混乱状況から自らを救いだすための、長い道のりの最初の一歩を踏み出すことができるだろう。
 

 どんな人であれ理解しようとするならば、全滅に至るほかない更なる「数百年間の紛争状況」か、この地の全ての住民たちの間でのパートナーシップか、そのような選択が問われているということが分かる。後者のパートナーシップのみが、我々イスラエルのユダヤ人を自らの国における異邦人から、その真の住民へと変え得るのだ。
 

 我々は、占領に反対するためのもう1つ別の運動を、あるいは別の政党(政治基盤、組織、指導部)を立ち上げようとは考えていない。我々は、自らが生きているイスラエルの袋小路についての、そしてその袋小路を打破するために必要とされる根底的な諸変化についての、誠実で公開の討論を開始したいと考えている。すべてのイスラエル人にとって、これは政治的に取るに足らない事柄などではなく、逆にこの国の諸民族の運命にかかわる事柄だということは明らかだ。

 ギヴアト・オルガにて/2004年6月



(2)オルガ・アピールへの、2004年7月23日までの賛同者リスト

Ra'anan Alexandrowicz
Prof. Zalman Amit
Dr. Yossi Amitay
Boaz Arad
Adi Arbel
Nili Aslan
Michal Aviad
Dr. Ariella Azulay
Talma Bar Din
Osnat Bar-Or
Dr. Shiko Behar
Prof. Joel Beinin
Miryam Beinin
Meron Benvenisti
Nirit Ben Ari
Smadar Ben Natan
Prof. Zvi Bentwich
Dr. Shimshon Bichler
Prof. Anat Biletzki
Prof. Daniel Boyarin
Prof. Victoria Buch
Michal Chacham
Ronit Chacham
Lin Chalozin-Dovrat
Dr. Sami Shalom Chetrit
Dr. Raya Cohen
Elias Davidsson
Aim Deuelle Luski
Dr. Diana Dolev
Sharon Dolev
Andre Draznin
Dr. Avishai Ehrlich
Boas Evron
Pnina Feiler
Pnina Firestone
Prof. Ariella Friedmann
Avi Gibson Bar-El
Tamar Getter
Dr. Daphna Golan
Racheli Gai
Mirjam Hadar
Dr. Neve Gordon
Prof. Uri Hadar
Haim Hanegbi
Yehudith Harel
Dr. Talma Hendler
Prof. Hannan Hever
Amos Israel-Vleeschhouwer
Rachel Leah Jones
Roni Kalev
Dr. Orit Kamir
Einav Katan
Dr. Katlin Katz
Gal Keinan
Prof. Baruch Kimmerling
Elinor Kowarski
Noa Kram
Orna Lavi
Hava Lermann
Dr. Daphna Levit
Prof. Bezalel Manekin
Dr. Abraham Mansbach
Ronit Marian-Kadishay
Dr. Ruchama Marton
Dr. Nina Mayorek
Rela Mazali
Oren Medicks
Gil Medovoy
Racheli Merhav
Avi Mograbi
Tsachi Mitsenmacher
Prof. Judd Ne'eman
Prof. Adi Ophir
Amir Orian
Prof. Avraham Oz
Dr. Nurit Peled Elhanan
Dr. Dan Rabinowitz
Dr. Nitzan Rabinowitz
Dr. Uri Ram
Dr. Amnon Raz-Krakotzkin
Roee Rosen
Yael Roth-Barkai
Catherine Rottenberg
Sergeiy Sandler
Herzel Schubert
Tali Shemesh
Prof. Yehouda Shenhav
Oded Shimshon
Prof. Nomi Shir
Diana Shoef
Dr. Tali Siloni
Ora Slunim
Kobi Snitz
Amos Tidhar
Tova Tidhar
David Tartakover
Osnat Trabelsi
Dr. Allon Uhlmann
Michel ( Mikado) Warschawski
Dr. Haim Yacobi
Sergio Yahni
Prof. Oren Yiftachel
Prof. Moshe Zuckermann



翻訳:岡田剛士

〔出典:http://www.qumsiyeh.org/theolgaappeal/ および
  http://www4.alternativenews.org/display.php?id=4011

【訳注】
1:不在者たち〔absentees〕:1948年の第一次中東戦争の前後にイスラエル国家から「不在者」と認定されたパレスチナ人たちの土地や財産が組織的かつ(イスラエルの法律上は)「合法的」に没収されたことについての言及であろう。
2:井戸に毒を投げ込んだ者たち〔the well-poisoners〕:ユダヤ人を意味する。ヨーロッパ世界におけるユダヤ人差別の中で、このような表現がなされていたという。


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